地震発生当日

新しい職場に着任した2日後に地震は発生しました。
3月11日(金)会議中でした。通常勤務するフロアは6階なのですが、会議は地下1階で行われていました。
数日前から度々弱い地震はあったのですが、この時の揺れは地下にいても大きく長い震動でした。
会議は中断し、外に避難するとビルからも全員避難してきて6階はかなりの揺れで机の上のPCが落ちたりしてかなりの危険を感じた様です。
周りのオフィスビルからも皆避難してきて辺りは騒然とした雰囲気の中余震が続きます。
外から見てもビルが大きく揺れているのが判るくらい大きな余震があり、恐怖を感じました。
実際東京23区で震度6弱と発表されましたが、今回の地震は阪神大震災とは違って大きな横揺れが長く続きました。
この日、本当は夜の飛行機で福岡に出張する予定になっていましたが当然取り止めになり、16時に会社は解散となりました。
しかし公共交通機関は全てストップになり、遠方の従業員は再びオフィスに戻ってそのまま泊った者も多数いましたが、私は地下鉄で5駅なので歩いて帰る事にしました。
同じ様に歩く人で歩道は人が溢れる状況で、テレビで見た帰宅難民シュミレーションそのものです。
帰宅難民で困るのは水とトイレと聞いていましたので最初のコンビニでおにぎりと水・お茶を買いこちらは万全だったのですが、一番困ったのはトイレでした。
2時間歩けば当然催してきます。コンビニのトイレは長い行列が出来ていてとても列に加わる雰囲気ではありません。
結局何とか大手量販店を見つけて事なきを得ましたが、万が一の事を考えて徒歩での帰宅ルートは一度確認されておいた方が良いでしょう。
私は引越ししてきて3日後の事で道も良く判りませんでしたが、方角のみ確認しながら何とか歩けました。これも山歩きで鍛えた方向感覚のお陰かと思います。
あと携帯電話に馴れきってしまった生活も困り者です。携帯は全くつながりません。メールも同様で送信できません。何とか送信できても届くのはかなり時間が経ってからと言う状況です。
サーバーが混み合うのか地図を見ることも出来ませんでした。今や一人1台以上の携帯キャリアの時代ですから、全員が携帯を同時に使うと完全にパンクして使い物になりません。
16年前の阪神大震災のときは、固定電話が繋がらず、携帯が繋がりやすいと言われていましたが、今は本当に使い物にならず、一層不安感を煽ったようです。
家に帰ると幸いな事に家の中は無事でした。引越しの手伝いに妻が来てくれていたのですが、この日奈良に帰る事になっていました。14時頃家を出る予定だったのが少し遅くなってそろそろと言うときに地震が起こって非常に怖い思いをしたようです。
もし14時に家を出ていたら、電車の途中で地震に遭い缶詰にされるところで家にいたことが幸いしました。
地震発生当日はこんな感じでしたが、この後も大変な日々が続くのでした。
続きはまた更新していきます。
by hawks-oh-muku | 2011-03-26 09:01 | Trackback | Comments(2)
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Commented by anikobe at 2011-03-26 21:52 x
この日東京にいる孫にすぐ携帯を書けたら繋がったのですが、その後は繋がらなくなってしまいました。
大学からマンションに帰れず危うく帰宅難民になりそうだったのを大学の先生宅が近くで、数人の友人と泊めてもらって、助かったそうです。

山歩きの体力と経験がこの非常時にとても役に立ってよかったのと、奥様が電車に乗らなくて本当に良かったですね。
まだまだ余震や放射能の心配など、風評被害かもしれませんが、食生活の方も大変でしょうが、頑張ってください。
Commented by hawks-oh-muku at 2011-03-27 12:51
anikobe様こんにちは。
この日東京では帰宅難民が溢れていました。以前テレビで東海地震のシュミレーションをしていましたが、本当にシュミレーション通りの状況でした。

私が今住んでいる千葉県市川市でも放射線の基準値を超えた水が出ました。現在赤ちゃんに摂取制限が出ていますが、大人には影響がないとの事なので冷静に対応していきます。
余震は続いていますが、かなり数は減りました。
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